関東地方で当時、数十箇所のガソリンスタンドを運営する企業に勤務していたA氏は、店長として現場に身を置いていましたが、エンジンオイルの販売が得意でした。彼が赴任するとそのガソリンスタンドのエンジンオイル販売量は数倍になるのです。
そこで、当時の経営陣は、あるガソリンスタンドでA氏が業績を打ち立てると、より規模の大きい別のガソリンスタンドへ異動させ、そこでも業績を打ち立てると、さらに規模の大きい別のガソリンスタンドへと異動させていきました。当然、A氏の異動後は別の店長が赴任することとなります。
そして、より規模の大きい店舗へ赴任する度にA氏の勤務態度は変化を見せるようになりました。また、A氏の後任店長が非常に苦労することとなり、結果としてA氏は会社を追われることとなります。そこで、今回のコラムでは、A氏の販売手法を通じ、商売の本質と経営の留意点を見ていきます。
A氏の切り返し話法
A氏の販売手法は、様々な手法でエンジンオイルの点検を行い、劣化しているエンジンオイルの交換を勧めますが、まず、顧客からの断りを引き出し、それに対して切り返しをしていきます。
顧客の断り文句で多いのは「持ち合わせがない」「時間がない」「決定権がない」だと言うA氏は、以下のようなやり取りで販売していきます。
顧客「持ち合わせがない。」
A氏「ATMでお金を下ろしてきてください。その間にオイル交換をしておきますので。」
顧客「時間がない。」
A氏「私の車をお貸ししますので、用事を足してきてください。その間にオイル交換をしておきますので。」
顧客「決定権がない。」
A氏「今ここで決定権のある方へ電話をして下さい。何でしたら私が電話を替わっても構いません。」
そして、部下にもこの切り返し話法をマスターさせるべく、ロールプレーイングを行い、店ぐるみで、エンジンオイルの販売に取り組みました。これにより、確かに売れるようになりました。しかし、急激な売上膨張の反面、表沙汰になっていないこともありました。
その商売に顧客の納得感がどれだけあるか
エンジンオイル交換を勧めてくるA氏やその部下に、断り文句をことごとく切り替えされた顧客は、エンジンオイル交換をせざるを得ない状況に追い込まれます。それは、必ずしも納得度が高いわけではなく、交換したくて交換に応じたわけではない顧客も相当数存在していました。
よって、エンジンオイル交換後に顧客は、家族や職場の人々、また、インターネットから情報を収集し、後日クレームを入れます。その内容は「高すぎるんじゃないのか」「交換は必要だったのか」といったものです。
それに対して、A氏は次回のエンジンオイル交換を無料にするなどといったサービスの提供を約束して矛を収めさせました。この話は、表面に出ることがありませんでしたので、本社としては、表向き業績を伸ばしてくれているA氏への信頼は高くなっていきましたが、そのことがA氏の行動を変化させていきます。
業績さえ挙げていれば…
とにかく全社的に業績が厳しかったこの企業にとってA氏は希望の星でした。どんどん大型の店舗へ赴任することとなり、A氏への期待も大きくなっていきました。それとともに、A氏は自身が挙げてきた業績にあぐらをかくようになったのでしょうか、寝坊による遅刻、私用のための早退回数が増加していきました。
ちょうどその頃、A氏が勤務していたガソリンスタンドの複数の後任店長から、本社へ相談が持ち込まれるようになりました。それは、A氏が赴任中にトラブルを収めるためにエンジンオイル交換を無料にすると約束した顧客が殺到しており、無料のオイル交換に忙殺され、仕事にならない、というものでした。
そして、ちょうど規律に厳しい経営者に交代したということもあり、A氏は退職を余儀なくされました。
この事例は、2つの教訓をもたらしています。ひとつは、顧客の断りを封じるという、うわべだけのテクニックでは、納得度の高い商売はできないという点、もうひとつは、経営陣は急激な売上の膨張に目を眩ませることなく、その裏を読み切らなければいけないという点です。
物事が変わるということは、その要因が変わったということです。その変化した要因がもたらす「ひずみ」にまで目を向けることなく、目先の業績に一喜一憂していては、結局経営は不安定になってしまうことに留意したいところです。
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